「 2017年11月 」一覧

久し振りに会った友人と。

久し振りに高校時代の友人と会ってきました。

 

そこであの当時にしていたバカな話とか当時流行っていたものについて話して盛り上がってきたのですが、あの当時は今ほど便利ではなく携帯もなかったし連絡方法と言ったら家の電話か手紙だったなと思い出しました。

 

今が便利すぎて昔を思うと不便だなと思いますが今でも私はメールよりも手紙の方が好きです。

 

最も県をまたいで連絡する時はメールが楽ですけど、どうしても時間が掛かってしまうんですよね。

 

特にスマホにしてからは倍以上に返信が遅くなりました。

 

で、その友人と当時のバカ話をしてそんな事もあったねと笑い合いました。

 

午後の紅茶って午後にしか飲んじゃいけないの、という話になってそんな事ないよね、と普通に考えれば分かる話を本気で討論した事あったよね。

 

と今だから笑える話をしました。

 

でも当時は本気で話し合ったものです。

 

そういう時代もあったよね、と笑えるのはいい事なのか悪い事なのかハッキリしませんが楽しかった事に変わりはありません。

 

学生時代のバカみたいな笑い話を知っている友人と会って話をすると少し若返った気持ちになれるから不思議です。

 

学生時代は何をするにも全力で怖いもの知らずだったなとしみじみ思いました。

 

あの時代に戻れるなら思いっ切りバカな事をしてみたいのに、と思いました。

 

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散歩道に適した場所とは

散歩に適した場所は、人によってさまざまな場所があると思います。

 

近所の公園や街路時などの一般的なものから近くのデパートや河川敷など様々でしょう。

 

私がよくいく散歩道だと近所の公園や町中がほとんどです。

 

近所の町中といってもそう大したお店はなくてあってもコンビニくらいなのでちょっとした散歩には適した場所だと思います。

 

そんな場所を毎日散歩していると様々な発見があります。

 

町の人々の様子や町での催し物など様々なことが分かって面白いです。

 

天気や体調などによっては散歩に行けないこともありますが散歩に行くといろいろなことが分かってくるのでちょっとしたよ暇ができた人や退屈な日常を過ごしている方は一度外に出て散歩してみるのもいいと思います。

 

私の愛犬も散歩が大好きでほぼ毎日外へ散歩に出かけています。

 

こちらから散歩に行こうと誘うと嬉しそうについてくるので散歩にはいつも愛犬を連れています。

 

近所に犬を連れて歩ける場所もたくさんあるためいつもそこを愛犬と散歩しています。

 

夏場には散歩中に蚊や虫などが外を飛んでいるので愛犬がさされないように注意しています。

 

温かい季節になると虫たちも活発に行動するようになるので飼い主のわたしも注意して歩いています。

 

 

新聞を配達する人を知っていますか。

朝4時に起きて朝刊を配ってきました。

 

毎日配るスタッフの代わりに配る日です。

 

一度大きな失敗をしました。

 

目覚ましをかけたのに、目が覚めたのは7時15分を過ぎていました。

 

いつも横に寝ている妻が、私が目ざましで起きない日には必ず起こしてくれます。

 

100%です。

 

にもかかわらずその日は私も妻も目が覚めませんでした。

 

私はあわてて配りました。

 

あるビルの一階のご婦人が私の足音を聞いてか、ドアを開けて、睨みつけました。

 

お詫びをしようとした瞬間その人はドアを閉めました。

 

ため息交じりに配り終わって帰宅し、原因を見付けようとしました。

 

ありました。

 

これしか考えられませんでした。

 

4時にセットして、スイッチはオフのままだったのです。

 

アナログの大音量目ざましです。

 

すさまじい音が出ます。

 

にもかかわらず目が覚めなかった。

 

これ以外には考えられませんでした。

 

朝刊を配ってみると感じることがあります。

 

配達時間が遅れたりすると販売店に連絡をするのは、ほとんどは高齢の婦人です。

 

早朝に新聞をポストから取ることだけが理由ではなく、早朝に新聞に目を通しているのだと思うのです。

 

ある日、新聞を配っている友人が言いました。

 

新聞配達をしている人間に感謝する人なんていませんよと。

 

この頃何となく彼の言葉が当たっているような気がしてきました。

 

 

浜辺は心落ち着く場所でした。

海を見て歓声を上げたことがあります。

 

私だけではなくクラスのほとんどがそうでした。

 

小6の修学旅行のバスの中でした。

 

峠の坂道を上ったバスの窓がぱっと明るくなって、大きく開いて現れたその風景に出会った瞬間思わず上げた時、私たちは大きな歓声を上げました。

 

真っ青な海、真っ青な空、波の輝き、広がっていく水平線、それらはあまりにも新鮮でした。

 

美しいという言葉の意味を初めて実感した日かも知れません。

 

ある時期私は仕事帰りに必ず砂浜を散歩した時期がありました。

 

精神的なストレスの多い仕事をしている時でした。

 

長い時間潮風を受け、砂浜を歩きました。

 

時間を忘れ、驚くほど歩き時計を見て慌てて戻ったものです。

 

時にはおもちゃなどが落ちていて興味深く観察しました。

 

カメラを持つと、もっと時間を忘れました。

 

ある日水色の鳥の笛が砂の上にありました。

 

カメラを向けました。

 

シートの上の青い姿は、砂に埋もれたシートの上で、アートを見せているようでした。

 

何度もカメラを向けました。

 

そして何となく元気になって気分が良くなって帰宅していました。

 

波の音は最高のBGMでした。

 

海辺で撮った写真は不思議と私にとって飽きないものが多いようです。

 

もっといいカメラが欲しいのですが、「貯金」はなかなか難しいものです。

 

 

白昼夢記録「ブルードーザーと電話帳」

綺麗な奥さんが手招きしながら言った。

 

 

「サッシの引き戸が動かないんです」
私は、塀を乗り越えた。

 

 

「お任せください」
動かそうと何度も試みた。

 

汗が噴き出た。

 

 

その時頭の中でプチンと音がした。

 

私は誰かの大型のブルドーザーに飛び乗りエンジンをかけた。

 

 

「奥さん逃げて下さい!」
私は大声で叫んだ。

 

塀を突き破り、家に突っ込んだ。

 

 

「奥さん、サッシが開きましたよ」
パトカーがやってきた。

 

親切な行動が誇らしかった。

 

皆が私を称賛している。

 

狭い部屋に入れられ質問攻めにあった。

 

 

「器物損壊という言葉を知っているか」
「刑事さん、ドアは勇気で開くのです。

 

あとはプチンと音がした。

 

補修代はプチンが払います」
その後のことは何も覚えていない。

 

 

次の日仕事に行こうと玄関で靴ひもを締めていると。

 

玄関のドアを叩く者がいた。

 

あまりに大きな音だったので慌ててドアを開けるとそこには麦わら帽子を被った男が立っていた。

 

知り合いの家が見つからないという。

 

私はにっこりと笑ってこう言った。

 

「前から住んでいる人なのでしょう?電話番号を調べたらいいじゃないですか」と。

 

男は何も言わず立ったままだった。

 

ずぼらな私がずっと前から納戸に放り込んでいた電話帳を、重いのを耐えながら男の前に積んでいった。

 

電話帳の量はすさまじいものだった。

 

なぜなら私は電話マニアで、拾ったり、もらったりして相当量を家に置いていた。

 

玄関いっぱいにに積まれた電話帳を見て男が言った。

 

「なんてすばらしい眺めなんだ」と。

 

男はてきぱきと私の家の前に止めていた軽トラックに電話帳を乗せはじめた。

 

すさまじい速さだった。

 

乗せ終わると彼は一枚の真っ白なサイン用の色紙を取り出し、目にも止まらぬ速さでサインをし、誇らしげに私に差し出してこう言った。

 

「遠慮はいらないのですよ。

 

このサインは誰でも持っているものではない。

 

世界に一枚しかないのです」と。

 

そう言うと朗らかに笑って車に乗り込んだ。

 

そしてこう言った。

 

「何年かけてでも探し出しますよ。

 

特に急な用事でもないんだから」と。

 

私も私だが、彼も彼である。

 

こんな出会いもなかなか面白いものだと思った

町の変化についていけない

「あそこの通りの横のあの角の空き地、結局駐車場になったね」
「あぁ、コンビニになればよかったのに。

 

その方が使えていいよね」
「コンビニこの辺減ったからね」
「で、駐車場の前って、あそこ何があったんだっけ?」
「え?」
という会話が家族で何度となくくりかえされています。

 

 

新しい建物ができるたび、お店がなくなるたび「前なんだったっけ?」
でも、その会話のほとんどが
「忘れちゃったね」
で終わるのです。

 

 

歳をとったなぁ、とも思うし、お店とか見てるようで意外と覚えてないもんだなぁと思ったりします。

 

 

ここに住みはじめてから町の様子はずいぶんと変わってしまっていて、当時あったお店はほとんど寂れてしまっています。

 

 

それでも残っているのだから、みんなに愛されて続けているのだろうと思える店もあるのですが、ここ昔からやってるんだか、やってないんだかわからなうよね?という不思議なとこもあります。

 

 

普段電車で通勤している私は、自宅の周りの事情に特に疎く「え?いつ?」と思うことも多いのです。

 

そのたびに、たまには家の周りの探索をしてみようかなという気にさせられます。

 

まだできてないけどね。

 

だって、まだまだ町は変化していきますから。

 

まぁ、そのうちということで。

 

 

雷は怖いですか?私は怖いです

今日は大気が不安定。

 

 

スマホの天気アラートが“数時間後に大雨・雷の可能性”を告知してくる。

 

 

こうなると気分は憂鬱。

 

 

「雷」ヤツがやって来るからだ。

 

 

昼過ぎより遠い雷鳴。

 

 

まだ光は見えない。

 

 

夕方に大雨が降ってくる。

 

 

この時点で心拍数上昇。

 

 

そして稲光。

 

 

身が竦む思いとは正にこの事。

 

 

もう身動きが取れない。

 

 

雷鳴が近づき稲光も明るさを増してくる。

 

 

この恐怖は雷が通り過ぎるまで終わらない。

 

 

毎年の事ながら慣れる事はない恐怖に何とか対処したい。

 

 

因みにこの恐怖を雷恐怖症という不安症の一種として世間的には認知されているらしい。

 

 

へー、そうなんだ。

 

 

不思議と自身の悩みってのは調べてみようとしないもの。

 

 

私も今日まで知らなかった。

 

 

この雷恐怖症、いくつか克服方法があるらしい。

 

 

その辺はネットで調べると出てくる。

 

 

だが、必ずしもその克服方法で改善可能かは本人次第かと。

 

 

たまたま気付いたのが、私の場合は稲光に恐怖を感じる事。

 

 

光った瞬間がまず怖い。

 

 

そして当然雷鳴も怖い。

 

 

ならば!と、単純に雨戸を閉めてみた。

 

 

かなり恐怖心はマシになる。

 

 

後はほんの少しの恐怖心を克服するために好きな音楽をかけてみた。

 

 

音楽でなくともテンション上がる何かなら効果があるのでは?という気がする。

 

 

これで恐怖心はかなり薄らいだ。

 

 

何故こんな事を考えたか?
実は某漫画で「恐怖に打ち勝つには好きな女(男)の事を考えろ」的な台詞を読んだのがきっかけ。

 

 

恐怖症になると克服するという概念が頭から吹っ飛んでしまう。

 

 

怖い一択なので他の選択肢は出て来ない。

 

 

本当にたまたまその台詞が印象に残っていたから雷を克服してみよう!という気になった。

 

 

単純な人間なので“そうだ!そうしてみよう!”という思いが今回の経緯。

 

 

ただ、これはあくまでも自宅にいる時にしか通用しない技なのが難点。

 

 

仕事中は…また別途考えなければ。

 

 

猫の手も借りたい?それ本当に?

実は現在、引っ越しの真っ最中…。

 

 

長年住み慣れた賃貸戸建ての我が家には荷物が沢山ありすぎ&狭過ぎて引越業者へ依頼出来る状態じゃない!
そこで私が毎日ボチボチと荷物を整理する事に。

 

 

我が家は昨今の猫ブームなんて鼻で笑ってしまうくらいの猫家族。

 

 

外猫さんも合わせると14匹、内11匹が我が家の猫。

 

 

まだ新居へは移動させられないため、現在の住まいで暮らしている猫達。

 

 

…が、引越作業の邪魔をする。

 

 

今日も廊下にある古い棚を地道に整理していると。

 

 

「何やってるの?遊んでるの?」
と、覗いてくる。

 

 

遊んでないよ、荷物の整理してるの。

 

 

段ボールへ荷物を移そうとすれば。

 

 

「この箱は隠れるのにいいね!」
と言わんばかりに段ボールの中へ入る。

 

 

だから遊んでるんじゃないんだよ。

 

 

棚の中の荷物を出しても。

 

 

「この棚なーに?隠れん坊する?」
しません。

 

 

また整理した荷物を一旦戻すからどいて!

疲れて休憩しようと部屋へ行きひと息。

 

 

「暇なの?じゃあブラッシングしてよ」
暇じゃありません。

 

 

そうこうしている内に夕方へ。

 

 

「お腹空いた!(複数匹)」
自分の夕飯を温めていたはずが、気付けば猫達の夕飯の支度で30分も過ぎている。

 

 

 

…こんな時に「猫の手も借りたい」という諺をつい考えてしまう。

 

 

猫の手なんて借りたら仕事は進まないよ。

 

 

役に立つどころか邪魔しかしないのに、それでも手を借りたいのかい?
本当にいいんだね?!
と、小一時間問い続けたくなる。

 

 

きっと猫を飼っている人ならば、この気持ち絶対に分かってくれると思う。

 

 

勿論、聞き分けの良い猫も沢山居るには居るけどね。

 

 

それでも癒やしの天才な猫達には毎日沢山のハッピーを与えてもらっているのも事実。

 

 

心が疲れた、そんな時は猫の手を借りたくなる。

 

 

でもやっぱり忙しい時は猫の手はお休みしてていいぞ!

薄毛の娘ちゃんの悩み

こんにちは!
私には薄毛で産まれた娘がおります。

 

 

産まれたときは、本当につるつるで、うっすらと産毛があるだけでした。

 

 

お腹にいる頃に、女の子とわかってから可愛い髪留めを沢山用意していたのですが、3歳を過ぎる頃まで出番がありませんでした。

 

 

男の子に間違われることも多く、可愛いワンピースを着せて、女の子なのよ!…と、アピールをしていました。

 

 

2歳を過ぎても髪が薄いためまだ赤ちゃんと思われていたようで、言葉が達者な娘がおしゃべりをする度に驚かれました。

 

 

公園で出会った男の子に、「あのこ、赤ちゃんなのにおしゃべりしてるー」と言われたこともあります。

 

 

やっと伸びてきたと思ったら、襟足だけが伸びて、落武者状態です(笑)
でも、せっかく生えてきたので切るのはもったいなく、しばらくはこの状態で帽子ばかり被らせてた記憶があります。

 

 

七五三には間に合うのかと思いましたが、なんとか伸びてくれて可愛い写真が撮れました!

髪の毛が薄くて、当時はとても悩みましたが、写真を見返すととても愛らしくて薄毛も悪くないな、と思います。

 

 

4歳になる今ではしっかり生え揃い、色んなヘアアレンジを楽しんでいます(^^)
本人も「今日も可愛くして」と、毎朝嬉しそうです。

 

 

テーマがない時の採用されよう~自分の能力でしかなさについて~

テーマや見出しに沿って何かをやる場合、確かな答えを出すのが当たり前という場面においてですが、それってやっていると息苦しくなってきませんか。

 

自分の場合そのことに100%合わせるのが息苦しいです。

 

しかし出来ます。

 

そうじゃない場合ってあると思うのですが、定める立場の方ってどうなのかなと思ったりします。

 

御門に頭を合わせない場合、もう心ごと息苦しくなってきて、無理もしたくないと思います。

 

そうしてくれって出てる場合、言いたいことは言えませんよね、結局それに合わせる感じで理解しなきゃなんない感じで。

 

そうじゃなくても、よしとされる場合って、自分ができたのか、そっち側が新しいのか、たまに違うんだろうなと思います。

 

全然フリーダムじゃないと思います。

 

最終的には自分が最終決定者になれればいいんだろうなと思います。

 

最終決定や最終判断すら自分で、しかも自分で理解できてる範疇であって、誰しもそうであると仮定したい、そんな感じで決めちゃいたいなと、思ってきました。

 

誰の指示に従ってるのかがよく分からなくて、自分で全部やったらいいんかと思って、言うこと聞くのが面倒くさいって正直思いました。

 

でも言い分てあるからややこしいなとも思いますし、全部自分のあれやこれやでそうしたいと思っていますので。